2017/11/17

■蘭鋳 『奎』第2号より

よちよちとらんちうの来て縁に沿ふ  クズウジュンイチ

そういえば、ランチュウは泳ぐというより水の中を這う感じがする。「縁」は金魚鉢の内側だろうか、あるいは水槽の底の置き物だろうか。ともかく、それに身を沿わせる。

状態・行動そのものを詠んで、キュート。さすが、金魚。何をさせてもキュート。

掲句は『奎』第2号(2017年6月)より。


2017/11/16

■『オルガン』は純文学



『オルガン』の句を取り上げると、オルガンの動画を載せられるので、うれしい(ヘンなうれしがりかた)。

楽器としてのオルガンにはいろいろあるのですが(演ってる音楽もいろいろ)、貼っているのはもっぱら、ソウル/ジャズ系。だからといって、俳誌『オルガン』がソウルフルあるいはジャジーかというと、そうでもない。

同人誌というもの、メンバーによって作風が異なる(結社誌のほうが均一でしょうね、道理的には)。だから、ジッパヒトカラゲにソウルフルとかジャジーとか形容詞をあてはまめることにはムリがある。それは承知しながらも、自分なりにざっくりその俳誌を言い表す語について思案したりする。でね、昨日、思いついたのは「純文学」という語。

『オルガン』って、純文学だよな。と、ひとりごちたわけです(声にはしません、アタマの中で)。

俳句全般、純文学とエンタメ(昔なら中間小説・大衆小説と呼ばれていた分野)という二極をもって位置づけることができるかもしれない。

もちろん洩れてくる句/作家、どちらなのか迷う句/作家もあるでしょうけど。

というわけで、『オルガン』は純文学。


では、エンタメに属する句は?

例えば、このあいだ週俳にレビューを書いた大野泰雄『へにやり』なんかが、そう(私の決め方です。いまさらの為念)。

あ、そうそう、サブカル的な句群は、純文学じゃないほう、エンタメに入れていいかもしれません。例えば、だいぶ前に週俳にレビューを書いた岡野泰輔『なめらかな世界の肉』


どれが良いとか悪いとかではなく、俳句は、豊かなバラエティーをもっているということ。

「俳句とはこういうもの」「そんなのは俳句じゃない」とか偏狭なことを言わずに、ひゃあぁ、いろいろあるなあ、ニコニコ、でいいんじゃないかと思います。

ラヴ&ピース!


『オルガン』ウェブサイト

2017/11/14

■案山子と死 『オルガン』第11号より

ぶさいくな案山子に思い出せない死  田島健一

案山子はたいがい不細工。田圃であれを見ると、なんだか悲しい気持ちになる。死もまた悲しい死が多いわけですが、その悲しみとは大きく違う。「思い出せない死」となれば、その悲しみは透明感を増す。こうとは言えない、いまひとつ自分でとらえられないという意味での透明。

ここにあるふたつの事物はおおむね対照的。助詞「に」が問題となるが、場所や所以を示す格助詞よりも、並列助詞(と=and)で読みたくもなる。前者で読むと、案山子の顔と死者の(思い出せない)顔がリンクしすぎるのだ。

掲句は『オルガン』第11号(2017年11月8日)より。



2017/11/13

■勝手に組句:プロペラ

プロペラの句は意外に少ない。

ぷろぺらのぷるんぷるんと花の宵  小津夜景『フラワーズ・カンフー』 

プロペラ機までの日傘をひらきけり  山尾玉藻

胸に聴くプロペラの音夏は来ぬ  10key「東京タワー」


2017/11/12

【お知らせ】11月のくにたち句会

2017年11月26日(日)14:00 JR国立駅改札付近集合

句会場所:ロージナ茶房(予定)。

席題10題程度

初参加の方は、メールtenki.saibara@gmail.com)、電話etcでご一報いただけると幸いです。問い合わせ等も、このメールまで。