2016/08/24

【句集をつくる】第16回 一句目

一句目は、だいじ。

拾ってみる。

編年体だと、一句目にどんな句を持ってくるかはある程度限定される。なので、編年体じゃない句集から。

女子五人根性焼きの手に氷菓  関悦史

『六十億本の回転する曲がつた棒』(2011年)。この一句目、かなり好き。ただし、連作構成。まずもって「日本景」が冒頭にあり、その一句目がこの句。


少女みな紺の水着を絞りけり  佐藤文香

『海藻標本』(2008年)。大ヒット曲を最初に持ってくるパターン。ちなみにビートルズのアルバム『レット・イット・ビー』の1曲目は「レット・イット・ビー」ではなく「トゥ・オブ・アス」。アルバム『ミート・ザ・ビートルズ』の1曲目は「抱きしめたい」。『海藻標本』は後者パターン。


空は晴れて自転車を磨く布はないのだ  山田耕司

『大風呂敷』(2010年)。無季。抜けがいい見開きの写真を最初に持ってくる感じ。


黒南風や生まれも育ちも魔法瓶  佐山哲郎

『じたん』(2001年)。「生国と発してましては」。挨拶で入るが、ただの挨拶ではない。


いちじくを食べた子供の匂いとか  鴇田智哉

『凧と円柱』(2014年)。


花の闇ひらくに銀の鍵使ふ  鳥居真里子

『月の茗荷』(2008年)。


句集をつくるための「傾向と対策」にはならず、好きな句をならべるだけの作業になりそう。とはいえ、著者(俳人)の意思・意図がなんとなく伝わる感じもある。

自分がこの次つくる句集の最初の一句を何にするのか。楽しみ。


なお、『けむり』(2011年)の最初の数句と最後の数句は、わりあい考えました。途中はなりゆきだけどね。


■「BL読み」?

「BL俳句」と「BL読み」は別物ですよね?

「BL俳句」は、ネタ俳句のひとつのジャンルとして、わかる。

俳句は、詠みたいものを詠むのがいい。というか、詠みたいものしか詠めない。詠みたいなら、なんだってアリ。読者とどう出会うかは別にして。

「BL」モノは広大な沃野を形成しつつあるようだから、俳句もその一端を担えるかもしれない。

一方、「BL読み」。

いっけんBLを扱っていないような句もBL俳句として読む、ということらしい。

さて、そこで、次の3つは、様式として同じなのか(共通項を持つのか)、はたまた違うのか?
A BL読み
B なんでもバレ句(もっぱら異性愛)に解してしまう態度
C 西東三鬼《昇降機しづかに雷の夜を昇る》の「雷の夜」を国情不安、「昇降機」を共産主義の昂揚と解釈した公安警察の読み
Bは、句会の悪ノリとしてたまに勃発する。例えば(例を引くのもはばかれるが)、「ソーセージ」という兼題で作った句を、すべてそちら方面に解釈するといった、たわいなくバカげた態度。

Cは、「コモエスタ三鬼 第23回 暗号解読」でも書いた有名なエピソード。


AとBとCは、私には、様式として(reprise)ほぼ同じに見える。違うならどう違うのか。そのへん、興味がある。

2016/08/23

■〈主婦〉の誕生、あるいは花柄のイコノロジー 岡野泰輔『なめらかな世界の肉』の一句

主婦という社会集団が誕生したのはそう古いことではないようです。『〈子供〉の誕生』(フィリップ・アリエス)ならぬ「〈主婦〉の誕生」という研究がきっとあるはずですが、ざっとした沿革として、都市部にサラリーマン層が増えてきた世紀の変わり目あたりが〈主婦〉の黎明期、本格的にマス化したのが高度成長期。女性が家事や子育て・教育を引き受けて、男性は外で、賃金労働に専心する。団地が輝かしかった頃ですね。

電話機も便座カバーも撫子で  岡野泰輔

主婦は、なんにでもカバーを掛けたがる。偏見かもしれませんが、当時はたしかにあったんですよ。ティッシュボックスとかも、そう。キルティングだったりしてね。金井美恵子がエッセイかなにかで、その行為は避妊の延長である、と(意地悪く)断じていたような記憶が。

主婦に恨みはありませんし、嫌いでもないのですが、自分にとっては〈異文化な人〉かな?



一方、〔なぜに花柄〕な件も、テーマとして残ります。

小津夜景 花のタイルと地中海

リンク先には、
1600 年代に磁器や着物から始まった「花柄」は、やがて様々な商品に採用されていきます。高度経済成長期には殺風景な『ちゃぶ台』に華を添えるとして、花柄マホービンが大ヒットしました。
とあって、17世紀・柿右衛門に「花柄」の源流を見いだすなど、なんだかすごいけど、ちょっと違う気もする。この脈絡で柿右衛門は。

さらに、親切な方から教わった記事。

魔法びんはかつてなぜ花柄だったのか?
http://portal.nifty.com/kiji/131120162410_1.htm
花柄の魔法びんは1967年(昭和42年)に、大阪の魔法びんメーカー「エベレスト魔法びん」が発売したものが最初だ。(…)エベレスト魔法瓶の西岡社長の言葉としてこんな言葉が載っている。『適齢期になった女性が訪問着をほしがるように魔法瓶では花柄を求めると思う。これは花柄が良いかどうかはムードの問題だ。魔法瓶業界もデザイン、色彩面で適齢期になってきたということだろう。』


というわけで、高度経済成長期は、主婦と花柄の時代、というわけです。




掲句は岡野泰輔『なめらかな世界の肉』(2016年7月/ふらんす堂)より。

■「かわいそう」の名詞化・物質化 『川柳カード』第12号の一句

『川柳カード』第12号(2016年7月)、榊陽子「水遊び」10句より

なお父はテレビの裏のかわいそうです  榊陽子

父=かわいそう。それはごくごくフツーの図式なのだが、構文(のズラし)によって「かわいそう」は名詞化・物質化し、父は、「かわいそう」の化身・表徴・代表選手となって、テレビの裏にうずくまる/放置される。クイックルワイパーできれいにされるまでの期間。

構文て、だいじよね。



なお、父は、テレビの裏から、いまも君たち私たちを見ているのであった。


2016/08/22

■雨の蓮 中町とおと『さみしき獣』の一句

このまんま雨の蓮となりたしよ  中町とおと

雨の中にいて、目の前に蓮(はちす)がある。蓮は群生していることが多い。蓮になって、そのなかの1本となる。傘をさしているのかいないのかはわからないが、蓮になれば、雨を防ぐものはない。濡れ放題。

この「なりたし」願望はわかる気がする。降っている雨は、細く、明るい気がする。気がする、というにすぎないけれど。


掲句は中町とおと『さみしき獣』(2015年4月/マルコボ.コム)より。