2017/10/24

■冒頭集:子規

 正岡子規は俳句を文学にまで高めたという。
 しかしそのとき、子規にとって「文学」とは何であったのか。
 子規が俳句について語り始めたころ、日本の「文学」は、ようやくその内実を整え始めたところであった。人々は、一方で戯曲、小説、詩という西洋の文学のジャンルを日本語で表現するための、その新しい日本語を模索していた。
 また一方で、人々は日本の伝統のなかに、その「文学」と呼びうるものを探し求め、どうやら日本古来の詩歌や物語も「文学」と呼びうるもののようだと認知されていくなかで、俳諧ばかりは最後まで疑惑の目を向けられつづけていたのである。
 子規はその俳諧を背負う。そして「文学」の坂道を登り始める。

秋尾敏『子規の近代 滑稽・メディア・日本語』(1999年7月30日/新曜社)

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