2017/09/05

■俳句の自由と不自由

自由律俳句が自由で、定型俳句が不自由だなんて考えている人は、さすがにもういないと思う。

不自由な自由律俳句もあれば、自由な定型俳句もある。vice versa(逆もまた同じ)

俳句の自由と不自由は、律とはまた別のところにある。

自由な句とはどんな句かというと、「とらわれない句」かな? 不自由な句とは「とらわれた句」。

何にとらわれない/とらわれるのかというと、それはもう、さまざまなことに。

その「さまざま」がなにとなにとなにかというと……それはもう、おのおのが自分で考えるべきなんでしょう(マジメにいえば、それでその人の俳句が、作家性が決まる)。

(何も言っていないに等しい記事になってしまい、誠に遺憾)

ラヴ&ピース!

なお、何にこだわるかも、ある。人それぞれ違っていて、これもまたなかなかに重要。

ついでに、もうひとつ。とらわれない/こだわる、その対象・テーマは、ひとりの作り手において、かなり流動的のようですよ。


余談。別の話になってしまいますが、ある自由律俳句の募集要綱に「575は自由律ではないのでダメ」とあるのを見たときは、これって、「ぜんぜん自由じゃないじゃん!」というツッコミ待ちのボケなんだろうな、と感心したことでした。

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